まじないなんて馬鹿馬鹿しい。何で考えないといけないんだ?
こう思ってる方は多いです。
しかし、「この世は物理現象の総和だけである。」とは思えないような現実を私たちは観察する事が出来ます。
一番わかり易いのはガイア理論です。
地球は人間が生きる為に、極端に都合よく機能しています。
酸素濃度、大気圧、太陽風の強さ、気温、湿度、有害物質や有用物質の分布、マントル活動…
数えるとキリが無いです。
これらどれ一つ狂っても人間は生きていられません。
地球は、人間に都合の良い物理環境を、あまりに都合よく整い続けているのです。
興味ある方は、本屋へ行って「ガイア理論」に関する本を読んで下さい。
これは、地球の気象環境を観察し続けた学者の書いた理論です。
このような人間を保護する力のは何故起こるのでしょう?
「偶然」が均等でなく、人間を保護する方向で偏っているからです。
極論すれば、どんな物も、物が動く時は、物理の法則以外の力も働いていると言う事になるのです。
別の視点で「偶然の偏り」を観察してみましょう。
シェルドレイクの言う「場の共鳴」です。
これは、「一度有る事は二度有り、二度有る事は三度有る。」と言う話です。
あなたは今日机の角に足をぶつけました。同じ日に3回も同じ所でぶつけました。
これはどんな確率で起こってますか?
偶然にしては起きすぎです。
これは、奇跡ですか?
違います。日常の出来事です。
シェルドレイク的に言えば、それは「場の共鳴」が起きているのです。
一度起きた事は、何処かにデータとして保存され、また起こりやすくなっていると考えます。
あなたは今日4人の人から同じ時間帯に電話を受けました。
それぞれ違う人で何の関連性もありません。
電話の内容も全部別々です。
しかし、よりによって5分も違わないような同じタイミングで電話がかかって来ました。
これはどんな確率で起きますか?
とても単なる偶然とはいい難いです。
これは、奇跡ですか?
違います。よくある日常の出来事です。
このように、厳密に起こる確率を考えれば奇跡のような気もするが、さして珍しくない奇跡もどきは、日常的に誰にでも起こります。
これは一体どう考えるべきなのでしょうか?
つまり、こういう事なのです。
あなたが、たかが一本、誰かに電話をかける行為さえ、あなただけの意志で起きた現象ではないと言う事です。
あなたが、机に足をぶつける事故一つとっても、環境設定だけが、事故原因ではないと言うことです。
場の共鳴と言う力が働いた事になります。(もちろん同時に物理の法則にも従って。)
誰かの思考や思いつきを含め、あらゆる事件や現象は、偏った偶然に全て支配されている事になるのです。これらの偶然にただ流されるのではなく、コントロールしようと言うのが、「まじない」です。
こういう事を言うと、「誰が場の共鳴を証明したんだ?」「誰がまじないの効果を立証するんだ?」と言い出す人がいます。
誰も証明なんか出来ません。人はこのような規則性を経験的に感じるのみです。
しかし、証明出来ないからと言ってまじないは放置出来ません。
証明出来なくても、頑張って規則性を探すしかないのです。
既に実用段階に入る人はいて、効果を上げています。
例えば、ヨーロッパのバックや財布などのブランド品。
単に質が良くデザインがお洒落な商品と何が違うのでしょう?
買う側からすれば、どれでもいいような気がします。
でも、明らかに売れ方が違います。売れ続け方が違います。
それは、商品デザインや会社ロゴや店舗の立地にまじないが施されているかどうかです。
まじないが考慮されない商品は、競争力が弱いのです。
このように、まじないを知ってるか否かで人生に大きく差がでてしまうのです。
また、まじないを無視する事は、ニュートラルな生き方の選択にはなりません。
他人が設定した悪のまじないに翻弄されるだけの人生になってしまうからです。
運を自分の味方につける。良運を近親者や社会に呼び込む。
これが、本物のまじないの意義です。
本サイトでは、まじないの見方、まじないで成功している例や、不幸に陥っている例などを上げて多くの人が幸せになれるよう啓蒙してい行きたいと考えています。
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